VERA/JVN 観測提案(プロポーザル)作成ガイド
今井 裕(鹿児島大学大学院理工学研究科物理・宇宙専攻)          2010年4月10日作成

もくじ

はじめに

採択される観測プロポーザルとは?

VERA/JVN で採択されるプロポーザルとは?

さいごに



はじめに

一般ユーザーのために、「VERA/JVN 観測に採択されるプロポーザルを作成するためのガイド」、というものを作ってみました。 2000年頃に作成して、今回3回目の改訂となります。 以前J-Net のために同様なものを作成しましたが、 2006年からVERAと野辺山45m鏡や鹿島34m鏡を含む Japanese VLBI Network (JVN) の共同利用観測が始まり、 VERAに観測提案する人は身分に関係なく国際競争に曝されることなり、 内容を改めなければならなくなりました。 このガイドさえ見れば必ず作成したプロポーザルが採択される、 という保証はありませんが、最初からとんちんかんな (採択されるどころではない) プロポーザルの作成に貴重な研究時間を浪費しなくて済み、 再度の挑戦で採択されるようなプロポーザルが書けるようになると思います。 VERA/JVN 観測システムの特長、欠点、 システム運用における詳細にわたる制限事項を把握した上で、 提案した観測が研究成果に結びつくことをプロポーザル審査側 (レフェリー、VLBIプログラム小委員会、及びNROプログラム小委員会) に信じてもらえるようなプロポーザルの作成が必要となるでしょう。 このガイドが、そういうプロポーザルの作成の一助になれば、幸いです。 作成自身の経験(VERAに限らずVLBAやEVNに関すること、さらに過去に経験した審査員の立場)や見聞したことをまとめて、 このガイドを作成しました。 このガイドに関する質問・要望は、ガイド作成者 (hiroimai -at- sci.kagoshima-u.ac.jp)まで問い合わせて下さい。

採択される観測プロポーザルとは?

世界中にいろいろなプロポーザル(観測提案) ベースで公開されている観測装置、例えば米国のVLBA (Very Long Baseline Array)や欧州のEVN (European VLBI Network) などがありますが、 これらの観測装置の観測時間を獲得することは、 殆どの場合そう簡単ではありません。 殆どの場合は、プロポーザルは絶対評価ではなく相対評価です。 実際利用可能な観測時間に対して要求される総観測時間が多いから、 優劣をつけて劣るものから削るしかないのです。 しかしここでのガイドでは、相対評価の中で打ち勝つ方法については説明しません。 研究の面白さや重要性について、仮に作者が評価できたとしても、それが正しいとは限らないからです。 ここでは、絶対評価において審査側に隙を見せず、 説得力を示すための方法について説明します。

こういう視点でまとめると、以下のようになります。 「採択されるプロポーザル」とは、「採択されないプロポーザル」の逆のものであり、 以下に述べるような項目に1つでも抵触するものがあると、 まず採択されない、あるいは採択される確率が低くなります。 これらの項目を1つ1つクリアすれば、 採択されるプロポーザルに近づくと確信しています。

◯観測提案する天体に対して過去に同じ観測手法 (観測装置・観測周波数・観測方式)で観測が実施された場合、 過去の観測と明確な研究目標の相違点を打ち出さないと、採択されません。 過去の観測履歴を、良く調べておきましょう。過去の観測が自分自身のものである場合は、 成果とその報告状況(査読論文出版の実績)が問われます。

◯観測提案で示されている研究のモチベーションが古過ぎる場合は、 採択されません。観測提案をする背景にある天文学的テーマと、 その解明が近年どこまでなされているのか、日頃から情報収集する努力をしましょう。 ましてや、既に同じテーマで同じ天体を観測することになってしまったら、採択どころではありません。 注意すべきは、ここでいう「古い」とか「新しい」というのは、直接関連する研究テーマに限定されず、 天文学/自然科学全体の整数の中で判断されなければいけないということです。例えば、 ハッブル定数が系統誤差込みで10%の精度で推定されている中で、斬新な手法で推定しても精度が30%しか出なければ、 その測定手法や結果は多くの場合無視されます。

◯観測提案で示されている研究のモチベーションが新し過ぎる (斬新過ぎて理解されづらい)場合、 本当にその観測で成果が挙がるのかどうか疑念を抱かれてしまいます。 文献を良く検索して技術面(観測法・データ分析法など)で根拠を固め、 成果創出の実現性を説得力を持って訴える必要があります。まずは難易度の低い課題で提案し成功したら次を提案する、 という根気強さが必要です。

◯提案した観測から得られる結果のみで、 何らかの価値ある論文が書けることを示さないと、採択されません。 審査側は、観測時間投資効率の観点で、採択したくなくなります。 特に気になる記述は、「○○○が見えると、△△△に関する重要な知見が得られるかもしれない」 という類いのものです。得られる知見の中身が提案観測の中でどこまで明確になるのか、 それらが問われているのです。できる限り定量的に目標を設定しましょう。

「○○○は天文学的に重要なテーマである」という記述は、 曖昧極まりないものです。貴方にとっては「重要」でも、他の人にとっては「どうでも良い」ことは多々あります。 せめて、「○○○を調べることは、△△△というテーマについてXXXという 部分の解明に繋がる」という風に、具体的事項を論理良く列挙してもらいたいものです。 △△△というテーマが天文学的上どれだけ重要なテーマであり、 XXXという部分がどれくらい詳細に解明されるのか、これらを審査側は着目しているのです。

◯本音はともかく、 使用する観測装置を暗にけなしてしまうような表現を含んだプロポーザルは、 採択されません。実際の目論みはともかく、「この装置で試験的な観測をして、 あの装置で本番観測を実施する」という類いの提案も、考えものです。 試験的観測だとしても、結果の意義を考察し成果として論文にまとめなければいけません。 表現に気をつけましょう。

◯どう考えても観測できない、検出できない、 目的の精度が達成されない観測は、問題外です。観測提案者は、 意外とこれらのチェックや提案書へのtechnical feasibility の記入を忘れてしまうものです。

◯High-risk(失敗/未検出の確率が高い観測), low-return (科学的価値の低い成果)では、絶対採択されません。せめて、 low-riskかhigh-returnである必要があります。 リスクの高さ・科学成果意義の高さを、明確に示しましょう。 自分の研究の重要性や難易度を、客観的かつ相対的に眺めることも必要です。

◯共同研究者陣を眺めて、 「このメンバーでは解析できないでしょう」と判断されては、 よほど重要な研究提案でなければ、まず採択されづらいでしょう。 どれくらいのサポートを観測所側から期待でき、 どこまで自分達で作業をしなければならないのか(理論シミュレーションなども含む)、 事前に把握しておきましょう。共同研究者の役割分担を、事前に明確にしておきましょう。 それぞれの役回りがよく分かる査読論文が引用されていれば、説得力が高いでしょう。

◯わざわざ観測提案が込み入った地方恒星時(local sidereal time) 帯に観測時間を要求したのでは、自ら採択される確率を下げることになります。 どうしてもこの天体・天域を観測しなければならない、ということがなければ、 観測時間帯や天体についてよく検討して観測を提案しましょう。

◯現実を無視した観測時間要求は、採択されません。 全体の観測総時間や採択される観測の典型的要求時間に比べて、 自分たちが要求する観測時間がどれくらいのものなのか、これに無頓着であってはなりません。 より長時間の観測時間を要求すれば、他の観測提案を不採択・観測時間削減に追い込む訳ですから、 観測所からより質の高い科学的成果の創出が求められます。 必要な観測時間+バックアップ(保険)時間ができるだけ短く済むように、 観測計画を立てましょう。一気にまとめて必要時間を提案するのではなく、 一部を提案して成功の見通しをしっかり把握し、それを根拠に次回フルタイムを要求するというのが、 常套手段です。

VERA/JVN で採択されるプロポーザルとは?

VERA/JVN で採択されるプロポーザルとは、 VERA/JVN 特有の事情からもたらされる制約に抵触するような、 「VERA/JVN で採択されないプロポーザル」とは逆のものです。 「科学的に面白いプロポーザル」が採択されるとだけ思っていると、 必ず下記のトラップのどれかにかかってしまいます。「VERA/JVN 特有の事情」のうち、 特に重要な点は、次の4点です。
 

☆JVNの中に含まれる野辺山45m鏡はミリ波専用の望遠鏡であり、 JVN 以外の単一鏡観測のプロポーザルと観測時間獲得に向けて競争することになります。 現在の競争倍率は、観測要求時間に対して3-4倍(提案件数では3倍弱くらい)です。 通常像合成ならば、VERA単独(+鹿島34m鏡)でも可能です。 何故野辺山45m鏡加入が不可欠なのか、いつでも必ずこれが審査のポイントとなります。

☆VERAはアストロメトリ専用のVLBI観測装置です。 野辺山45m鏡を加えない限りVERA単独では像の高感度が期待できないので、 アストロメトリ観測の重要性がポイントとなります。 VLBAやEVNではなく何故VERAを選択するのか、この理由も重要なポイントとなるでしょう。 年周視差・固有運動計測、等を前提に提案することを、視野に入れましょう。

☆VERA/JVN で扱うデータは、現在主にAIPSを用いて解析できます。 通常合成では問題ないのですが、アストロメトリ解析については公称値(=ベストケースの値)通りの 性能が出ないことがあります。リスクを込みで成果創出可能性を検討しましょう。

☆VERAは、現在年1回しかプロポーザルを受け付けてくれません。 複数年以上にまたがる観測でも、毎年審査を受けなければいけません。 その度に研究の進行状況を聞かれます。単年度ごとにまとめられるサブテーマが必要でしょう。


これらの事情も踏まえて、 先に挙げた項目をVERA/JVN プロポーザル向きにさらに具体的に挙げると、 以下のようになります。

◯観測提案の技術的難易度を明解に示していない観測提案は、 採択されません。科学的成果に結びつくかどうかに直結する天体検出可能性、 観測量測定誤差(天体位置決定精度など)の定量的な説明は、絶対に不可欠です。 後述の VERA ホームページ(共同利用観測ページ) を参考にして、観測提案のtechnical feasiblity について説得力ある説明をしましょう。

◯観測要求時間の妥当性・必要性を定量的に述べていない提案も、 採択されません。VLBI観測に関する知識に明るい人だけで審査している訳ではありません。 科学的視点についてのみ評価する人でも観測提案の観測効率性(より少ない観測時間で より大きい科学的成果を挙げること)について判断できるように、丁寧な説明が必要です。

◯既にサポートされている観測装置・ 解析ソフトで研究を進められるのか、 さらなる観測所側からの支援や自力で研究ツールの整備を行わないと研究を進められないのか、 またそれらの難易度に関する記述がない観測提案は、採択される可能性が極めて低いです。 技術審査のエキスパートにおいても、 観測実現可能性が判断できない事項は数多く存在するでしょう。 技術審査で判断できないような観測提案が、プログラム小委員会で採択されることは、 絶対にありません。 自己責任のもとに必ず成果を挙げてみせる、それを客観的に示す記述が必要です。

◯おうし座・オリオン座・ 銀河系中心方面の天体を観測するプロポーザルについては、 相対的に高い競争倍率を覚悟してください。可能であれば、 それらの天域以外にある天体を選択しましょう。

◯年1回のチャンスしかないので、 人に依っては、特に大学院生にとっては採択/不採択は天地の差がありますが、 そういう個人的事情はあまり加味されないと考えるべきです(記入欄があったとしても)。 観測時間に対して同情的に配慮されるのではなく、レフェリーコメントをより丁寧に書いてくれる、 その程度に考えておくべきでしょう。

◯VERA/JNET に対して観測提案をした背景について分かりやすく説明できていないプロポーザル、 特にVLBI電波源(連続波電波源、メーザー源)についてしか説明していないプロポーザルは、 採択されません。VERA/JVNに留まらず、 観測プロポーザルのレフェリーは、基本的に外部研究者に委託されることを忘れてはいけません (任期が終わるまでは匿名)。 レフェリーの誰もがメーザーやクェーサーの研究に精通している訳ではなく、 その観測装置を使ったその研究が意義あるものかどうか判断に苦しみます。 世界には VLBA やVSOP などの巨大VLBIアレイがあり、 どうしてそれらの装置を使って研究しないのか、 レフェリーには疑問の余地が大いにあるのです。 その研究と関係のある研究分野について、世界における情勢を幅広くかつ正確に把握し、 「自分の観測こそがその分野を切り開く」と言い切れるように書きましょう。

◯プロポーザルの中、 特に研究背景の中で誤った内容を記述してしまうと、 採択される確率が急激に落ちます。観測提案者の実力を見切られ、 成果創出可能性まで疑われてしまいます。基本的にレフェリーは、 ある程度名の通った研究者に託されます。個々の研究分野の詳細はともかく、 広範な天文学知識を持ち合わせ、天文学の様々なテーマについてそれらの重要性について、 個人的にそれぞれ思い入れがあるはずです。提案する観測の目的が、 天文学のどんなテーマと繋がっているのか、具体的かつ正確なストーリーを描く必要があります。

◯前回レフェリーコメントをもらえなかったプロポーザルを 再度提出しても、まず採択されないでしょう。その分野に興味がない、 提案自体がつまらないかの、いずれかに当てはまっているはずです。 抜本的なプロポーザル書き直しが必要です。

さいごに

このページの作者には、次のような持論があります。

「観測プローポザルに記述された中身が、 まとめようとする論文の記述内容の8割から9割を占めているはず。」

論文完成までの一連のストーリーをできるだけ具体的に構築し、それらを簡潔にまとめたものが、 研究計画であり観測プロポーザルです。 観測提案が採択されなければ、それは研究計画が充分具体的ではなかったと解釈すべきでしょう。 提案が採択されたらその研究を始めよう、そういう発想でプロポーザルを書き始めるという雰囲気が、 作者の身の回りに多く見受けられます。運良く観測提案が採択されたとしても、 実際に論文として公表される割合は非常に少ない(1/4以下?)のが現状です。 きっと、データ解析をしても、得られた結果をどう分析して論文にまとめるのか、 アイデアがないままにプロポーザルを執筆/提出してしまったのですね。 上記のチェック項目は、実は論文としてまとめる時に列挙して行くべき項目でもあるのです。 このガイドをご覧になった方の研究スタイルの改善にも寄与できれば幸いです。

VERA ホームページ(共同利用観測ページ)へのリンク