X線連星から噴き出す宇宙ジェットはパワフルな宇宙のお掃除屋さん:宇宙ジェットで掃き集められた分子雲を新発見

2023.05.26

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概要:

鹿児島大学理工学研究科天の川銀河研究センター所属の酒見はる香研究員と国立天文台、名古屋大学からなる研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡とASTE望遠鏡を用いた観測によりX線連星SS433から噴出する宇宙ジェットの先端領域に複数の分子雲を新たに発見しました。これらの分子雲の特徴的な構造から、宇宙ジェットと相互作用している可能性が高いことがわかりました。また、これらの分子雲はそれぞれ1つの大きな塊ではなく、観測の解像度では見えないより小さな分子雲の粒が集まってできている可能性が示唆されました。この結果を踏まえ研究チームは、周辺に散らばる小さな分子雲の粒を宇宙ジェットが掃き集めることでまとまった分子雲を作るという形成シナリオを提案しました。このことは、X線連星から噴出する宇宙ジェットが星の素となる分子雲の形成を促進する働きを持っていることを意味します。本研究成果は1月27日出版の『Publications of the Astronomical Society of Japan』に掲載されました。

 

研究背景:

ブラックホール*1や中性子星*2などの重くサイズの小さいコンパクト天体と呼ばれる天体は、しばしば恒星とペアになって連星系を作っています。このような連星系はX線で明るく輝くためX線連星と呼ばれています。X線連星では、コンパクト天体の重力の影響を受けて恒星の表面からガスが剥ぎ取られ、コンパクト天体に向かって落ちることがあります。ただし落ちたガスの全てがコンパクト天体に吸い込まれるわけではなく、その一部は非常に細く絞られて外に向かって噴き出します。この噴き出したガス流のことを宇宙ジェットといいます。X線連星は宇宙ジェットによって物質やエネルギーを遠方に伝播させることで、銀河の組成や進化に影響を及ぼしています。

X線連星は星が多く作られる銀河面周辺に多く存在するのですが、そのような場所には星の材料となるような星間物質と呼ばれるガス状の物質が漂っています。この星間物質にX線連星から噴き出した宇宙ジェットが衝突すると、星間物質の温度や密度などの状態が変化すると考えられています。星間物質のうち、低温で密度が高くなったガスは分子雲と呼ばれ、これがさらに圧縮され高密度になるとその領域から新たな星が誕生します。宇宙ジェットは、周辺の星間物質を圧縮して高密度にし、星の素となる分子雲ができやすい環境を作るという示唆が先行研究から得られています。しかし一方で、宇宙ジェットは周辺の星間物質を熱することで低温・高密度な分子雲が形成するのを妨げるという主張もあり、宇宙ジェットが分子雲の形成において果たす役割はまだ完全には解明されていません。

このような宇宙ジェットと星間物質との相互作用を観測的に調査するため、本研究チームは天の川銀河の中で最も活発なX線連星の1つである天体SS433に着目しました。SS433はわし座の方向に存在し、光速の26%の速度の宇宙ジェットを噴出しています。このX線連星は電波星雲*3 W50という巻貝のような形をしたガス状の天体の内部に存在します。この星雲の東西に引き伸ばされたイヤー(ear)と呼ばれる構造は、SS433から噴出する宇宙ジェットの表面に対応する構造であると考えられています。イヤーの周辺に存在する星間物質の観測的研究はこれまでにも盛んに行われており、特にSS433より西側のイヤーの周辺には多数の分子雲が確認されています(図1中の黄色の楕円領域)。本研究チームは、これまで分子雲の検出例の無かった東側のイヤーに注目して野辺山45m電波望遠鏡とチリのASTE望遠鏡*4を用いた観測を行い、新たな分子雲の発見を目指しました。

 

図1 X線連星SS433(画像中央)とその周辺を取り囲む電波星雲W50のイメージ。
黄色の楕円で示される領域では過去に分子雲が発見されている。
              黄色のコントアで示されているのが本研究で発見された新たな分子雲。(クレジット:鹿児島大学)

 

研究内容・成果:

観測の結果、研究チームは東側イヤーの先端領域に大きな分子雲の塊が2つ存在していることを初めて明らかにしました(図1中の黄色コントア、図2)。研究チームはこれら2つの分子雲をchimney cloud、edge cloudと命名し、詳しい解析からこれらの分子雲はイヤーとの衝突によると思われる特徴的な構造を持っている可能性が高いことを指摘しました。

これらの分子雲から放射されている光の種類を詳しく調べてみると、一般的に密度の高い分子雲から放射されるような光が含まれていることがわかりました。にもかかわらず、分子雲から放射されたいくつかの種類の光の情報を組み合わせて行った解析に基づくと、この分子雲は典型的なものに比べ密度が低いという結果が得られました。どのような状況を考えれば、これらの結果を矛盾なく説明することができるでしょうか。研究チームは、発見された分子雲が今回の観測の解像度では見ることのできないような、より小さな分子雲の粒が集まって塊のように見えていると考えました。解像度よりも小さい分子雲からの放射の情報は観測によってなまされてしまうため、解析をすると本当の分子雲の密度よりも過小評価してしまうということが起こります。よって今回研究チームが発見した分子雲も、画像に見られるような大きな塊ではなく、実際にはもっと小さな分子雲が集まっている可能性があるということになります。

 

図2 W50東側イヤーの先端に同定された分子雲から放射される電波強度の分布。
                       マゼンタのコントアは東側イヤーの構造を示している。(クレジット:鹿児島大学)

 

では、今回新たに発見された分子雲はどのようにして誕生したのでしょうか。先行研究では、宇宙ジェットは周辺に存在する低密度なガスを圧縮して高密度にすることで状態遷移を引き起こし、分子雲を作ることができると考えています。しかしこのプロセスで分子雲を作る場合、特殊な状況下以外では、分子雲が作られるまでにはSS433から噴出する宇宙ジェットの年齢よりも長い時間がかかってしまいます。そのため今回発見された分子雲をこの方法で作るのは現実的ではありません。そこで研究チームは、このプロセス以外で宇宙ジェットがまとまった分子雲を作り出す方法を考え出しました。それは、周辺に元々存在していた即座に星になる程の質量ではない小さな分子雲の粒を、宇宙ジェットで掃き集めるというものです(図3)。つまり、まるでブロワーで落ち葉を集め掃除するかのように、その空間に散らばっていた分子雲の粒を宇宙ジェットで集めるイメージです。このような状況を考えれば、今回発見された分子雲の特徴である、「より小さな分子雲の粒が集まっている」という解釈とも一致します。もしSS433から噴出する宇宙ジェットで分子雲の粒を掃き集めてchimney cloudやedge cloudを作ったのだとすると、宇宙ジェットは太陽の約六千倍の質量のガスを運ぶことができるほどパワフルなブロワーであるといえます。このように、宇宙ジェットで直接星間物質を圧縮して分子雲を作り出す以外にも、まとまった質量を持つ分子雲を作り出す方法があるということを研究チームは提案しました。

 

今後の発展:

今回の研究では、X線連星から噴出する宇宙ジェットと相互作用している可能性の高い新たな分子雲を発見し、その形成過程に関する新たな示唆を与えました。今後さらにこれらの分子雲を詳細に観測することで、宇宙ジェットが分子雲の形成・進化に与える影響を明らかにしていくことができると考えています。またSS433に留まらず、その他の活発なX線連星から噴出する宇宙ジェットとその周辺の星間物質の研究も、現在国内外で進められています。将来的にはX線連星が天の川銀河の形成・進化にどのくらい、どのように寄与しているのか全貌が明らかになると期待されます。

 

図3 宇宙ジェットで周辺に散らばっている小さな分子雲の粒を掃き集めているイメージ。(クレジット:国立天文台)

 

用語解説

*1 ブラックホール:閉じた事象の地平線に囲まれた、光すら脱出不可能なほど極端に強い重力を持った天体。
*2 中性子星:中性子を主成分とする天体で、太陽の8倍以上の質量の重い天体が進化の最後に超新星爆発を起こした後、残骸として残されると考えられている。
*3 電波星雲:星間物質が周辺よりも高い密度で集まり、特に電波の帯域で光を放射し雲のように見えている天体。
*4 ASTE望遠鏡: チリ北部のパンパラボラに位置する口径10mのサブミリ波望遠鏡。

 

掲載誌情報

【発表雑誌】Publications of the Astronomical Society of Japan
【論文名】Molecular clouds at the eastern edge of radio nebula W 50
【著者】Haruka Sakemi, Mami Machida, Hiroaki Yamamoto, Kengo Tachihara
【掲載URL】https://doi.org/10.1093/pasj/psad001

 

関連リンク

【国立天文台野辺山宇宙電波観測所】https://www.nro.nao.ac.jp/news/2023/0518-sakemi.html