西オーストラリア大学 (UWA)国際電波天文学研究センター滞在

本研究室が推進しているGASKAP-OH (The Galactic ASKAP survey of OH) プロジェクトのために、 D1の沈がオーストラリアのパースに赴きました。

GASKAP-OHは最先端のASKAP電波干渉計を用いて、かつてないほど高速かつ広視野のサーベイ観測を実施し、特に宇宙空間に存在する密度が比較的に低く、空間的に広がったOH分子ガスの放射が天の川銀河の中でどのように分布しているのか調べるのが目的です。 一般にOHといえば分子ではなく、有機化学でよく出てくる官能基の1つである水酸基 (ヒドロキシル基)が想像しやすいですが、原子や分子が地球に比べて極めて薄い宇宙空間では、電子対が揃っていない原子や分子、いわゆる「ラジカル」は安定して存在することが可能です。 OH分子にはいくつかの放射によって観測され、強い背景光源を背にした際の吸収線、特殊な高エネルギー環境からのメーザー放射、そして微弱な熱的放射が存在します。吸収線については笠井執筆のシドニー出張回についてご参照ください。

メーザー放射が可能な分子種にはエネルギー準位に反転分布が形成することが可能であるという前提条件があります。 加えて反転分布を形成させる高エネルギーな環境、そして同一のドップラー周波数と経路の電波が観測者に向けて増幅されることでメーザーが観測されます。 このようなメーザーの線スペクトルはほとんど線幅がなく、メーザーを観測することには正確なドップラー速度を決める必要があります。 現在これらのデータクオリティを固める重要な補正作業は、本研究室に訪問していただいたJoさん (ゲストニュース回参照)やJayさん(天の川銀河センターニュース参照)が主導しております。

沈の今回の訪問目的は、過去に観測された天の川銀河内のOHサーベイデータから、今後GASKAP-OHで議論可能となるサイエンス案とそれを実現するための戦略を練るためです。 これらの戦略や科学的なアイディアの実現性の検証として、6基のアンテナで構成されたオーストラリアコンパクト電波干渉計 (ATCA)を用いて、過去に行われたOHメーザーのサーベイデータの解析を行いました。

ここで、なぜパースが出張先となったのかについて、オーストラリアの電波天文学の歴史を少し触れていきます。 オーストラリアの電波天文学はかなり特色ある歴史を持ち、第二次世界大戦ではイギリスから資金を受けて、防衛のために電波レーダーの研究と開発製造について高速に発展してきました。 大戦終結後、世界最大規模の電波物理学研究所 (RPL)は基礎研究を継続させるために、廃棄される軍用レーダーや受信機を有効活用して多くの分野に取り組み、その一つとして天文学の観測を始めました。 ここで注目するべきポイントは、RPLの研究者のほとんどは天文学のバックグランドを持たず、無線技術や電波の物理学を専門としています。

この特色の最たる例として、海崖の軍用レーダーを使用して、太陽電波と海面から反射された太陽電波を同時に受信し、最初期の電波干渉実験が行われたことです。 こうした電波物理学者が持つ視点と観測手法の実験は、後の電波干渉計技術を世界的に先導していきました。 電波天文学の黎明期では、地球大気の調査、太陽電波と当時正体不明の宇宙電波に関する研究が主であるが、その大きな転換となる星間物質の水素原子由来の21 cm輝線の発見はRPLがアメリカチームにわずか半年遅れて1951年に検出を遂げました。 これ以降の電波天文学には、星間物質の探査が大きな分野として確立され、特に天の川銀河の中心部などが高く昇る南半球では、最も身近な銀河を研究するには非常に有利な条件が揃っています。

これらの成功例から、1950年代後半に世界最大級のパークス64 m電波望遠鏡が建設され、21 cm線に加えて、クエーサーの同定やパルサー探査など、電波天文学の多くの分野を開拓し、南天の理解を著しく貢献した。 さらに勢いに続き、新規な望遠鏡建設計画が次から次へと提案され、RPLを統括しているオーストラリア連邦科学産業研究機構 (CSIRO)は望遠鏡運用のために、新たにオーストラリア国立望遠鏡研究所 (ATNF)を設立しました。 1988年にオーストラリア建国200年記念事業の一環として、今回の出張で議論しているデータを取得したATCA電波干渉計の運用が開始されました。 こうしたオーストリアの電波天文学の発展は、シドニーから始まり、ニューサウスウェールズ州各所に広まっていきました

一方、2000年代に入り、世界最大の電波天文学プロジェクトSquare Kilometre Array (SKA)計画推進のため、西オーストラリア州を拠点とした電波天文学が急速に展開され始めました。 特筆すべきことはSKA計画の中で、低周波数側のSKA-Lowの建設地となるマーチソンは西オーストラリアにあり、平坦かつ乾燥しており、電波が静かで広大な砂漠地域として選ばれたのです。 このマーチソン地域には、SKAの技術検証のために、既にASKAP電波干渉計とMWA電波干渉計が建設されています。 観測装置のほかにも、西オーストラリア大学 (UWA)に設立された国際電波天文学研究センター (ICRAR)やCSIROのKensingtonサイトなどの研究機関に加えて、SKAのデータを運用するためのPawsey Supercomputing Centreが設けられ、計画を推進しています。 ASKAPの大容量データの較正や初歩の解析もこのPawseyスパコン上に行われ、名前の由来であるJoseph Pawsey氏は上記のRPL時代に研究所を率いるリーダー的な人物で、電波天文学の開拓者です。

今回の出張では、沈はUWAのICRARに滞在し、データの調査や解析を進め、研究所内の研究者や学生との交流を図りました。 ICRARは研究者と大学院生の在籍数が150人以上で、非常に規模が大きい研究機関となっています。 また、SKAの重要な拠点の一つとして、各所にSKA-Lowアンテナの1:1レプリカが置かれており、そして隣の小さいアンテナがSKA先駆機のMWAアンテナです。

ここで過ごした3週間は海外研究所の資源の豊富さに認めざるを得ないが、同時に学費の高さの故も知れたのでした。 学生一人一人のスペースや研究に必要な用品から、歴史あるキャンパスの建築とリフレッシュができる空間、そしてUWAから一歩東に進めば、スワン川の絶景が臨めるのです。

そして、今回使用するATCAで観測されたOHデータの観測提案者であるJimi Green氏と打ち合わせをするために、CSIROのKensingtonサイト (ARRC)にも訪問しました。

こちらの研究機関には大学院生が在籍しておらず、複数の分野の研究者が一堂に集まる建物でした。 今回はJimiさんが所属しているSKAOの部署にも訪問の機会があり、メーザーの研究者と交流し、いくつかの重要な会議にも同席させていただいて大変勉強になりました。 そして肝心なOHメーザーのデータ較正するための必要な情報をJimiさんとともに議論し、GASKAP-OHが既に行われたパイロットサーベイの結果とどのように連携することや自身が所持しているサイエンスのアイディアについて議論を行いました。 これらの貴重な経験を生かし、今後も鹿児島大学と国際を繋ぐ研究姿勢を心掛けてまいります。

追伸 パースは鹿児島市の姉妹都市で、市電の新屋敷駅から錦江湾に伸びている広い市道「パース通り」がこのために命名されています。

2025.10.20 執筆:D1沈

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